近鉄奈良駅から少し歩き、奈良公園が近づくと、鹿さんたちがお出迎えしてくれました。毛並みが整っていてふくよかな体つきをしています。鹿さんの周囲には、たくさんの外国人観光客がいて、ひっきりなしに鹿煎餅を与えています。鹿さんたちは、次から次へと与えられる煎餅をむしゃむしゃと食べ続けた結果、大きく締まりのない体つきになったようです。
私が向かう先は春日大社です。奈良公園から少しそれ、参道に向かって歩きます。深緑の林の中に入ると、先ほどの賑やかさが消え、しっとりとした落ち着いた空気に変わります。歩く人もまばらになり、風で草木が揺れる音と、木々の隙間から時々差し込む日の光が気持ちよく、森林浴を十分に楽しむことができます。
この静かで安らかな場所にも、鹿さんたちがいます。
見てください。彼らは、先ほど奈良公園で見た鹿さんたちとは、まったく異なる生き物のようです。線の細い貧相な体つきで、すぐ横を通っても、こちらを一顧だにせず、人間に寄り付こうとしません。先ほどまで騒いでいた観光客たちも、この界隈の鹿さんには興味がないようで、すたすたと立ち去ります。どうやら、愛嬌のない鹿さんにくれてやる鹿煎餅はないようです。
鹿さんたちは、その頭をのっそりと垂らし、もぞもぞと地面の表層をつついて木の芽を食べています。
私は、この参道にいる鹿さんたちが気に入りました。
なんだか、人間から鹿煎餅をもらうことを諦めたような無気力感。そこに垣間見える、「人間には頭を下げないぞ」というプライド。でも、本当は、鹿煎餅を頬張り丸々と太った鹿さんたちを見て、「いいなあ」と思っている。さまざまな感情を抱きながら、でもやっぱり、人間との触れ合いに臆するシャイな性格が出てしまい、この穏やかな参道でマイペースに生きる道を選んだこの鹿さんたち。
とても、愛おしいと思いました。
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